神様の御導きに従って永遠の幸福を生きる

神様の御導きのもと皆様が永遠の幸福へと誘われますように…

最後の審判の情景。神様の慈悲に授かり、神様に愛されて生きてゆく。

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今日は、”世界を動かす秘密組織”の動画についての記事はお休みして、

先日拝見して気になった動画を掲載させていただきます。

 

この動画が、私自身に対する神様からの警告だと強く感じました。

この”最後の審判”の情景を心に刻み、精進したいと思います。

 

 

youtu.be

 

この世の中は悪魔の欺瞞に溢れかえっています。

どこもかしこも惑わしだらけ。

人間が人間を騙し

弱いものは強いものに支配されて

生きています。

 

けれど

皆同じ人間です。

その人間が悪魔に惑わされて

利己的になり貪欲になり傲慢になって

同じ人間を惑わしているのです。

 

そのような悪魔に惑わされる人というのは

心に何か問題を抱えているのだと思います。

それは人から傷つけられた言葉かもしれないし

周りと比較して感じた不足感かもしれないし

人から認められないことへの不満かもしれないし

様々な心の中の”わだかまり”が

人や世間に対する反発心となって

悪魔に惑わされ続けて

生きる道を見誤ってゆくのだと思います。

 

しかし、当の本人は、そのことに気づきません。

なぜなら、この世で優位な立場にいる人たちこそが

悪魔に惑わされ続けて生きたものたちだからです。

 

しかし、それでは報われません。

最後の審判の日には、地獄へ行くことになるのです。

ですから、心にある”わだかまり”を捨てて

赦す必要があるのだと思います。

 

私たちを傷つけてきたその人も

誰かに傷つけられて心を痛めてきた人で

その傷が癒えていない人なのだと思います。

 

その人が私たちに与えてきた傷は

その人自身が抱えている傷なのだと思えば

その人の気持ちがよくわかります。

たとえ、その人とうまくやっていけなくとも

その人の気持ちを汲み取って

赦すことはできるのだと思います。

 

まず自分の方から、

心の中の”わだかまり”を無くしてゆければ・・・

そして、そういう人が増えることで

この世の中の人の心に”わだかまり”がなくなってゆけば

愛に満ち溢れた幸福な世の中になってゆくのだと思います。

 

動画を拝見した数日後に目にしたコーラン。

偶然にも、内容が重なる部分がありました。

 

コーラン第3章 アール・イムラーン章 イムラーン家

慈悲深く慈愛あまねきアッラーの御名において

 

第88節~第89節

خَالِدِينَ فِيهَا لَا يُخَفَّفُ عَنْهُمُ الْعَذَابُ وَلَا هُمْ يُنْظَرُونَ

إِلَّا الَّذِينَ تَابُوا مِنْ بَعْدِ ذَلِكَ وَأَصْلَحُوا فَإِنَّ اللَّهَ غَفُورٌ رَحِيمٌ

「彼らはとこしえに呪いの対象となる。その刑罰は軽減されず、また猶予されぬ。だが後に後悔し、自らの考えを改める者は別である。まことに神は、寛容者、慈悲者であられる」 (3:88~89)

 

真理について知り、知識を得た後に、信仰を捨てる者には、厳しい罰が待っています。現世でも真理を求める人々の呪いを受け、来世でも、神の厳しい懲罰を味わうことになります。このような人々には、その懲罰において、いかなる軽減も猶予も与えられません。神の慈悲から遠ざけられます。しかしもちろん、悔い改め、帰る道は閉ざされていません。このような人々でも、もし本当に後悔し、自らの思想や行動を改めるのなら、神の許しを与えられ、再び、慈悲に授かることができるのです。

 

第88節~第89節の教え

後悔とは、言葉だけのものではありません。本当に後悔しているのなら、それまでの誤った思想や考え方を改めることです。

神は罪を犯した者の後悔を認め、その人を許すのみならず、その人を愛してもくださるのです。

 

出典:光の彼方への旅立ち - Pars Today

 

 

神様の慈悲深さに授かることができるよう

自分の中にある人への恨み、憎しみを捨て、罪を悔い改め

神様から愛されて生きてゆきたいものですね。

 

神様の御導きのもと、皆様が永遠の幸福へと誘われますように・・・

 

 

追記:動画の中で、イエス・キリストが神の子であると言われていますが、それに関しては次の記事をご参照ください。

kamisamano.hatenablog.com