神様の御導きに従って永遠の幸福を生きる

神様の御導きのもと皆様が永遠の幸福へと誘われますように…

慈悲あまねく慈愛深いアッラーの御名において。今日の聖典コーラン ”第3章アールイムラーン章(イムラーン家章)第149–180節”

بِسْمِ اللّهِ الرَّحْمـَنِ الرَّحِيمِ

 

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イスラムの偉大なる預言者ムハンマドは次のように語っています。「アル・バガラ章アールイムラーン章を学びなさい。なぜならそれらは、最後の審判の翌日に輝く2つの星であるからだ。それらは2人の天使として降り立ち、読むものを天国に入れるようにする

出典:アールイムラーン章イムラーン家(2) - Pars Today

 

コーランは、神から、イスラムの偉大なる預言者に下された節が集められたものです。この永遠の書物の最大の目的は、人間に正しく生きる道を教え、人間を幸福の道に導くことです。言い換えれば、コーランは、誰でも自分の能力に応じて利用できるよう、至高なる神が、その使徒であるムハンマドを通して人々の間に広げた天の食布です。そのため、コーランの節を正しく注意深く読み、その内容を実践することが必要です。

出典:コーランとは?(1) - Pars Today

 

 

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第3章アールイムラーン章(イムラーン家章)

 

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第3章の概要

第32節に,ムーサーその他多くの預言者を輩出した,イムラーン家のことについて述べられるにちなみ,イムラーン家章と名付けられる。本章の主題は前章の続きでそれとは異った角度から,バドルとオホドの両戦役に関連して考えられる。バドルの役は,ヒジュラ2年(623)完全に武装した一千のマッカの軍勢に対し,聖遷したばかりのマディーナがわは,装備も全くないわずか3百余の劣勢で,これをマディーナの約150キロ東方にあたる,バドルにおいて迎撃して大勝を博し,イスラームの地位が初めて確立された記念すべき戦いである。またオホドの役は,バドルの役の翌年,マッカ側は雪辱のため,3千の兵を率いてマディーナに進撃して来た。これに対し聖預言者ムハンマドは,約1千の兵をもって,マディーナ市郊外のオホド山麓でこれを迎え撃った戦いである。その時,にせ信者のアブドッラー・ビン・ウバイが,辞を設うけて手兵を率い後退したのでわずか7百の軍勢で苦戦し,側面に配陣されていた弓隊が,聖預言者のかねての命にそむいてその持場を離れたため,敵の騎兵がそこを通って背後を突き味方は大混乱に陥り,多大の犠牲者を出し,聖預言者自身も負傷したが,やがて敵軍が退陣したので,わずかに難をのがれることができた。本章は啓典の民,すなわちユダヤ人やキリスト教徒の宗教史的概説から,新進のイスラームの人びととの生活態度とその法令に及び,また真理のために奮闘を必要とするときに際し,(イ)新しい光明を受け入れた,キリスト教徒の場合の義務が強調される。(ここにいうキリスト教徒とは,主として前章の後段に見るユダヤ人をさす)。また(ロ)バドルおよびオホドの戦役において得た諸教訓。ならびに(ハ)ウンマに対するムスリムの責任が,内面的またその対外関係の両面から述べられている。

出典:聖クルアーン

 

第149–180節の概要

第149−180節,オホドの役における失敗は,ある者の無規律や一部の者の優柔不断,またにせ信徒の臆病によることが教えられる。しかしそれは,アッラーの教えの進路を妨げるものではなかった。

出典:聖クルアーン

 

本文

149.信仰する者よ、あなたがたがもし不信心者に従うならば、かれらはあなたがたの踵を返させ、失敗者に後戻りさせるであろう。
150.いや、アッラーこそは、あなたがたを愛護し、また最も優れた援助を与えられる方であられる。
151.やがてわれは、不信心な者の胸の中に、恐怖を投げ込もう。それはかれらが、何の権威も授けられていないものを、アッラーと同位に崇めたためである。かれらの住み家は業火である。不義を行う者の住まいこそ哀れである。
152.本当にあなたがたが、アッラーの許しの下に、敵を撃破した時、かれはあなたがたへの約束を果たされた。だがかれが、あなたがたの好むもの(戦利品)を見せられた後、しりごみするようになり、事に当って争いはじめ、ついに命令に背くようになった。あなたがたの中には、現世を欲する者もあり、また来世を欲する者もある。そこでかれは試みのために、あなたがたを敵から退却させられた。だがかれは、もうあなたがたを許された。アッラーは信者たちには、慈悲深くあられる。
153.その時使徒は、後から呼び戻したのだが、あなたがたは(逃げ道を)駆け登り、他を顧みなかった。それでかれは苦難につぐ苦難で、あなたがたに報われる。これはあなたがたが失ったものに就いて悲しまず、また遭遇したことを悲しまないように(という配慮からなされたこと)。アッラーはあなたがたの行うことを知り尽くされる。
154.それからかれは、苦難の後の安らぎをあなたがたに下される。あなたがたは僅かな眠りに陥ったが、一部のものは自分のこと(だけ)を苦慮して、アッラーに対し間違った(多神、無神論者の)考え方をして愚かな臆測をし、(心の中で)言った。わたしたちはこのことで、一体何を得るのであろうか。」言ってやるがいい。「本当にこのことは、凡てアッラーに属するのである。」かれらはあなたに言えないことを、自分で隠している。そしてまた(心の中で)言った。「もしわたしたちがこのことで何か得るのならば、わたしたちはここで殺されないであろう。」言ってやるがいい。「仮令あなたがたが家の中にいたとしても、死が宣告された者は、必ずその死ぬ場所に出て行くのである。」これはアッラーが、あなたがたの胸に抱いていることを試み、あなたがたの胸の中に抱くものを、払い清められるためである。本当にアッラーはあなたがたが胸に抱くことを熟知なされる。
155.両軍が相対した日、あなたがたの中に敗退した者があったのは、かれらが稼いだ或ること(罪)のために、悪魔が躓かせたためである。だがアッラーはかれら(の誤ち)を許された。アッラーは寛容にして大度量であられる。
156.あなたがた信仰する者よ、不信者のようであってはならない。かれらの兄弟(同胞)が地上を旅し、または戦争に出征している時、(不信者のように)「かれらがもしわたしたちと一緒にいたならば死なずに済み、また殺されなかったであろうに。」と言うのは、アッラーがそのことでかれらの心に悲嘆を引き起こされたためである。アッラーは御心のままに生を授け、また死を与えられる。アッラーはあなたがたの行うことを御存知であられる。
157.仮令あなたがたが、アッラーの道のために、殺害されまたは死んでも、アッラーの寛容と慈悲とは、かれらの蓄えた凡てのものより優れている。
158.仮令あなたがたが死んでもまたは殺害されても、あなたがたは必ずアッラーの御許に召し集められるのである。
159.あなたがかれらを優しくしたのは、アッラーの御恵みであった。あなたがもしも薄情で心が荒々しかったならば、かれらはあなたの周囲から離れ去ったであろう。だからかれら(の過失)を許し、かれらのために(アッラーの)御赦しを請いなさい。そして諸事にわたり、かれらと相談しなさい。いったん決ったならば、アッラーを信頼しなさい。本当にアッラーは信頼する者を愛でられる。
160.アッラーがもしあなたがたを助けられれば、何ものもあなたがたに打ち勝つ者はない。もしかれがあなたがたを御捨てになったらば、かれの外に誰があなたがたを助けることが出来ようか。だから信者たちはアッラーを信頼しなさい。
161.凡そ預言者に、不誠実なことはあり得ない。不誠実な者は審判の日に、その着服したものを持ち出すであろう。その時各人は、その行いに対し完全な報いを受け、不当に扱われない。
162.アッラーの喜ばれるところに従う者は、アッラーから怒りを被る者のようであってなるものか。かれの住まいは地獄である。何と哀れな行く末であろうか。
163.アッラーの御許(の賞罰)においては、かれらの間にも差別があろう。アッラーは、かれらの行うことを御存知であられる。
164.本当にアッラーは、信者たちに対して豊かに恵みを授けられ、かれらの中から、一人の使徒をあげて、啓示をかれらに読誦させ、かれらを清め、また啓典と英知を教えられた。これまでかれらは明らかに迷い誤の中にいたのである。
165.ところが、一度あなたがたに艱難が下ると、且つてこれに2倍する程の打撃を(敵に)与えたのに、あなたがたは言う。「これは一体どうしたことか。」言ってやるがいい。「それはあなたがた自身から来たものである。本当にアッラーは凡てのことに全能であられる。」
166.両軍が相会した日に、あなたがたの被ったことはアッラーの御許しによったもので、それはかれが(それによって)信者を知っておられ、
167.偽信者をも知っておられるためであった。「アッラーの道のために出征しなさい。それとも(自分の町を)守備しなさい。」と言われると、「かれらはわたしたちに戦うこと(の価値)が分れば、あなたがたに従おう」と言った。その日かれらは、信仰よりも背信に近かった。かれらのロは心にもないことを言う。だがアッラーは、かれらの隠すことを凡て知っておられる。
168.かれらの同胞(の戦死)に就いて、「かれらがわたしたち(の言)に従って、座視していたら、殺されなかったものを。」と言う者がある。言ってやるがいい。「もしあなたがたの言葉が真実ならば、あなたがたは、先ず自分で死から免れてみなさい。」
169.アッラーの道のために殺害された者を、死んだと思ってはならない。いや、かれらは主の御許で扶養されて、生きている。
170.かれらはアッラーの恩恵により、授かったものに満悦し、かれらのあとに続く(生き残った)人たちのために喜んでいる。その(生き残った)人たちは恐れもなく憂いもないと。
171.アッラーの御恵みと恩恵を喜び、またアッラーが信者への報奨を、決してむだにされないことを喜んでいる。
172.負傷した後でもアッラーと使徒の呼びかけに応えた者、正義を行い、また主を畏れる者には、偉大な報奨がある。
173.人びとが、かれらに向かって言った。「見なさい、あなたがたに対して大軍が集結している。かれらを恐れるべきである。」だがこのことが却ってかれらの信仰を深めた。そして「わたしたちには、アッラーがいれば万全である。かれは最も優れた管理者であられる。」と言った。
174.だからこそかれらは、アッラーの御恵みと恩恵に浴して帰って来た。艱難にも遭遇しないで、かれらはアッラーの喜ばれるところに従うことが出来た。本当にアッラーは偉大な恩恵の主であられる。
175.かの悪魔は、かれの追従者たちを、恐れさせるだけである。だからあなたがたが真の信者ならば、かれらを畏れずわれを畏れなさい。
176.不信心に向かって急ぐ者のために、あなたの心を痛ませてはならない。かれらは、少しもアッラーを損えない。アッラーは来世において、かれらに福分を与えることを望まれない。かれらは重い懲罰を受けるだけである。
177.信仰の代りに不信心を購なった者は、少しもアッラーを損えない。かれらは手痛い懲罰を受けるであろう。
178.信じない者にわれが与える猶予を、かれら自身にとり有利だと思わせてはならない。われは只、かれらの不義を増長させるために、それを与えているのである。かれらは恥ずべき懲罰を受けるであろう。
179.アッラーは、信者たちの善い者の中から悪い者を区別されるまでは、決してかれらを今の状態で放置されないであろう。またアッラーは幽玄界のことを、あなたがたに現わされない。だがアッラーは御心に適う者を使徒に選ばれる。だがあなたがたは、アッラーとかれの使徒を信じなさい。あなたがたが主を信じて畏れるなら、偉大な報奨を受けるであろう。
180.アッラーの恩恵によって与えられたものを出すのを嫌う者に、自分のためにそれが有利だと思わせてはならない。いや、それはかれらのために有害である。かれらの出すのを嫌ったそのものが、復活の日には、かれらの首にまつわるであろう。天と地の遺産は、アッラーに属する。アッラーはあなたがたの行うことを熟知される。
 

 

神様の御導きのもと、皆様が永遠の幸福へと誘われますように。