神様の御導きに従って永遠の幸福を生きる

神様の御導きのもと皆様が永遠の幸福へと誘われますように…

慈悲あまねく慈愛深いアッラーの御名において。今日の聖典コーラン ”第3章アールイムラーン章(イムラーン家章)第1–20節”

*ワクチン接種後の後遺症でお困りの方へ。解毒方法についてはこちらの記事(神仙堂薬局さんの記事を元に、解毒方法を簡単にまとめてみました。)をご参照ください。

 

 

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あるサイトに、次のようなことが書いてありました。

イスラムの偉大なる預言者ムハンマドは次のように語っています。「アル・バガラ章アールイムラーン章を学びなさい。なぜならそれらは、最後の審判の翌日に輝く2つの星であるからだ。それらは2人の天使として降り立ち、読むものを天国に入れるようにする

出典:アールイムラーン章イムラーン家(2) - Pars Today

聖典コーランに掲載されているこの2つの章を学ぼうと思います。

このブログにも毎日掲載していきたいと思います。

聖典コーランでは聖書の内容がさらに詳しく説明されています。

神様からの啓示の書である聖書と聖典コーランを通読することが大切だと思っています。

コーランは、神から、イスラムの偉大なる預言者に下された節が集められたものです。この永遠の書物の最大の目的は、人間に正しく生きる道を教え、人間を幸福の道に導くことです。言い換えれば、コーランは、誰でも自分の能力に応じて利用できるよう、至高なる神が、その使徒であるムハンマドを通して人々の間に広げた天の食布です。そのため、コーランの節を正しく注意深く読み、その内容を実践することが必要です。

出典:コーランとは?(1) - Pars Today

聖典コーランはこちらのサイト(イスラーム文化のホームページ)などにも掲載されています。この2つの章を学びたいと思われる方は、上記サイトなどを参考にご自身のペースで読み進めてくださいね。

なお、上記サイト(イスラーム文化のホームページ)には、アル・バガラ章は2.雌牛章、アールイムラーン章は3.イムラーン家章として掲載されています。

 

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第3章アールイムラーン章(イムラーン家章)

 

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第3章の概要

第32節に,ムーサーその他多くの預言者を輩出した,イムラーン家のことについて述べられるにちなみ,イムラーン家章と名付けられる。本章の主題は前章の続きでそれとは異った角度から,バドルとオホドの両戦役に関連して考えられる。バドルの役は,ヒジュラ2年(623)完全に武装した一千のマッカの軍勢に対し,聖遷したばかりのマディーナがわは,装備も全くないわずか3百余の劣勢で,これをマディーナの約150キロ東方にあたる,バドルにおいて迎撃して大勝を博し,イスラームの地位が初めて確立された記念すべき戦いである。またオホドの役は,バドルの役の翌年,マッカ側は雪辱のため,3千の兵を率いてマディーナに進撃して来た。これに対し聖預言者ムハンマドは,約1千の兵をもって,マディーナ市郊外のオホド山麓でこれを迎え撃った戦いである。その時,にせ信者のアブドッラー・ビン・ウバイが,辞を設うけて手兵を率い後退したのでわずか7百の軍勢で苦戦し,側面に配陣されていた弓隊が,聖預言者のかねての命にそむいてその持場を離れたため,敵の騎兵がそこを通って背後を突き味方は大混乱に陥り,多大の犠牲者を出し,聖預言者自身も負傷したが,やがて敵軍が退陣したので,わずかに難をのがれることができた。本章は啓典の民,すなわちユダヤ人やキリスト教徒の宗教史的概説から,新進のイスラームの人びととの生活態度とその法令に及び,また真理のために奮闘を必要とするときに際し,(イ)新しい光明を受け入れた,キリスト教徒の場合の義務が強調される。(ここにいうキリスト教徒とは,主として前章の後段に見るユダヤ人をさす)。また(ロ)バドルおよびオホドの戦役において得た諸教訓。ならびに(ハ)ウンマに対するムスリムの責任が,内面的またその対外関係の両面から述べられている。

出典:聖クルアーン

 

第1–20節の概要

第1−20章・アッラーがこの啓典を啓示されたのは,以前に下された啓典を確証するためであるから,深い尊敬の念をもって受け入れてその理解につとめ,また不信者たちが,真理を受け入れ難くしている根底の動機を排撃する。

出典:聖クルアーン

 

本文

1.アリフ・ラーム・ミーム、
2.アッラーかれの外に神はなく、永生し自存される御方であられる。
3.かれは真理をもって、あなたに啓典を啓示され、その以前にあったものの確証とし、また(先に)律法と福音を下され、
4.この前にも人びとを導き、(今)また(正邪の)識別を御下しになる。本当にアッラーの印を偽りであるとする者には、烈しい懲罰があろう。アッラーは偉力ならびなき応報の主であられる。
5.本当に地においても天にあっても、アッラーに隠す何ものもない。
6.かれこそは、御心のままにあなたがたを胎内に形造られる方である。かれの外に神はなく、偉力ならびなき英明な方であられる。
7.かれこそは、この啓典をあなたに下される方で、その中の(ある)節は明解で、それらは啓典の根幹であり、他(の節)はあいまいである。そこで心の邪な者は、あいまいな部分にとらわれ、(その隠された意味の)内紛を狙い、それに勝手な解釈を加えようとする。だがアッラーの外には、その(真の意味)を知るものはない。それで知識の基礎が堅固な者は言う。「わたしたちはこれ(クルアーン)を信じる。これは凡て主から(賜わったもの)である。」だが思慮ある者の外は、反省しない。
8.(かれらは祈って言う。)「主よ、わたしたちを導かれた後、わたしたちの心をそらさないで下さい。あなたの御許から、わたしたちに御慈悲を与えて下さい。本当にあなたこそ、限りなく与えられる御方であられます。」
9.「主よ、本当にあなたは疑いの余地のない(最後の審判の)日に、人びとを集められる方であられます。アッラーは約束をたがえられることはありません。」
10.本当に(その日)、不信者たちの財産も、その子女も、アッラーには何の役にも立たないであろう。かれらは業火の薪となろう、
11.ちょうどフィルアウンの一族や、かれら以前の者がよい例で、かれらはわが印を拒否した。その罪のために、アッラーはかれらを捕えられた。アッラーは懲罰に厳重であられる。
12.信仰を拒否する者に言ってやるがいい。「あなたがたは打ち負かされて、地獄に追い集められよう。何と悪い臥床であることよ。」
13.両軍が遭遇した時、はっきりとあなたに印があった。一つはアッラーの道のために合戦する軍勢、外は不信心な者であった。かれら(不信者)の眼には、(ムスリム軍勢が)2倍に見えた。アッラーは御心に適う者を、かれの救護で擁護される。誠にその中には、炯眼な者への教訓がある。
14.様々な欲望の追求は、人間の目には美しく見える。婦女、息子、莫大な金銀財宝、(血統の正しい)焼印を押した馬、家畜や田畑。これらは、現世の生活の楽しみである。だがアッラーの御側こそは、最高の安息所である。
15.言ってやるがいい。(ムハンマドよ)。「わたしはこれらよりも善いものを、あなたがたに告げようか。アッラーを畏れる者たちには、主の御許に楽園があり、川が下を流れている。かれらはその中に永遠に住み、純潔な配偶を与えられ、アッラーの御満悦を被るのである。アッラーはしもべたちを御存知であられる。」
16.「主よ、わたしたちは本当に信じます。それでわたしたちの罪を赦し、火(の責め苦)の懲罰から救って下さい。」と(祈って)言う。
17.よく耐え忍び、誠実で、敬虔に奉仕して、(道のために賜物を)施し、また暁に(罪の)赦しを祈る者たちである。
18.アッラーかれの外に神がないことを立証なされた。天使たちも正義を守る知識を授った者もまた(それを証言する)。偉力ならびなく英明なかれの外に、神はないのである。
19.本当にアッラーの御許の教えは、イスラーム(主の意志に服従、帰依すること)である。啓典を授けられた人びとが、知識が下った後に相争うのは、只かれらの間の妬みからである。アッラーの印を拒否する者があれば、アッラーは本当に清算に迅速であられる。
20.だからもしかれらが、あなたと論争するならば言いなさい。「わたしもわたしに従う者も、真心こめてアッラーに服従、帰依し仕えます。」また啓典を授っている人びとと啓典を授っていない者たち(アラブの多神教徒)に言いなさい。「あなたがたは服従、帰依したのか。」もし服従、帰依すれば、たしかに正しく導かれ、仮令かれらが背き去るにしても、あなたの務めは、只(啓示を)かれらに伝えるだけである。本当にアッラーはしもべたちを(漏れなく)御存知であられる。
 

 

神様の御導きのもと、皆様が永遠の幸福へと誘われますように。