神様の御導きに従って永遠の幸福を生きる

神様の御導きのもと皆様が永遠の幸福へと誘われますように…

悪と戦うために

 

悪に対して批判する

あなたの勇気を称えます

私は悪に対して批判する人を

悪とは思いません

許せないのではないのです

ただ心配しているのです

悪を批判し悪に対抗するうちに

自らが悪に染まってしまうのではないかと

 

悪を行う者の心は荒野の如く

愛に飢え渇ききって

あなたの愛を全て奪い去るほどに

廃れて手の施しようがないもの

あなたから相手を思う愛が

もはや消えて無くなるほどに

愛が枯れ果ててしまったのなら

あなたはあなた自身の心に

愛を取り戻す必要があると思います

 

もしも全ての愛を失ったまま

悪に対抗するのなら

あなたは悪で悪に対抗することに

なるのではないですか?

私はそれを心配しているのです

悪を批判することを

批判しているのではありません

愛が循環しない相手とのやりとりの中で

愛を見失い愛を吸い取られて

悪に染まりかけているのではないかと

心配しているのです

 

悪とは戦うべきだと思います

悪を暴き世間に明らかにし

善良な人々が騙されないように

伝える必要もあります

それは

神様に御仕えしたいという

意志のある人としての使命だと思います

 

ただし、人は常に自らの判断で勝手に戦うことは

許されないと私は思っています

戦いのとき、人にできることは

神様に完全に従うことのみなのだと思います

自らが自らの力で戦おうとするのではなく

神様に相談しながら

神様に完全に従って戦ってほしいと思います

 

どこまでも救い難く

改心する気配もない人への怒りを感じるとき

それでも情けをかけてやれるのか

それともその相手の態度によって

自分のプライドが傷つけられて

怒りを覚えるのか

もしも情けがかけられないほどに

怒りを覚えて許せないとさえ思うのなら

それはもはや愛ではなく悪ではないのでしょうか

罪を犯すことになるのではないでしょうか

それならそっと距離を置いて離れて

怒りを手放す方がいいと思います

神様に後のことは全て御任せして・・・

 

神様とて怒りに怒りを重ねられ

もはや愛など感じないほどの恐ろしい仕打ちを

なさることもあるかと思います

神様は誰にも裁かれることはありませんから

そのようなことも可能なのかもしれません

誰にも裁かれないのですから

神様のことは相当恐れていなければ

大変なことになるかもしれませんね・・・

 

批判ということについて

私が思うことを書いてみました

これが正しいと主張したいのではなく

私はこう思っているということを

書いているだけだということを

理解していただければ幸いです

 

 

神様の御導きのとも、皆様が永遠の幸福へと誘われますように